ねえ、君には届くのかな?




君は、実に気だるそうに冷房の風を仰いだ。
「雲雀、そういえば今日花火大会だよね」
「そうだっけ」 僕は不自然に眉を寄せる。こんな暑い最中、もしやこの子は祭りに行くとでも云うのか。僕は正直まっぴらだった。

という訳にもいかないのだが。

。君は並盛中唯一の風紀委員。
容姿端麗、才色兼備。此れこそ君に似合うのだろう。多分。
良く言えば、此の並中でセーラー服を着ているのがだけだから、余計に君に、に視線が奪われる。


風紀委員には、花火大会の日ちゃんとした仕事が待っているのだ。“場所代”の徴収。此れほど嫌気の差す仕事は無いとよくは云う。僕はこんなに楽しい仕事は無いと思っている。
「今年もショバ代の徴収するの?」
「うん」と僕は手短に返事をして、また書類と向った。


と、僕は同じ風紀委員である事以外あまり接点が無い。が剣道部の持田と付き合っているという説もあるし、はたまた野球部の山本と付き合っているとか、まあ噂はイロイロある。因みに僕はあまりいい気持ちはしない。
「あたし、今年は去年より遊びたいなあ・・・」
去年の夏、は入学したての中学1年生であった。もうその頃には、風紀委員として働いていた。そういえば去年はやけに血みどろな花火大会だったなと、無表情に考えてみた。


突然は立ち上がり、僕の所までズカズカ歩み寄って来た。歩く度に淡い紺色のスカートが揺れる、揺れる。
「雲雀。」
風紀委員でも、僕のことをこうして呼び捨てできるのは、だけの特権だった。別に僕が何かしたって訳でも無く、自然に君だけの物になった。
「なに?」
僕がふい、と顔を上げて君を見つめると、君はやけに顔が真っ赤だった。熱でもあるのかと聞こうと思ったけど、面倒になったのでやめた。


「なんか熱いの・・・・祭りの仕事にはちゃんと行くから、今日はもう帰っていいかな?」
君は物事をはっきりと言う子だった。だから僕も気に入った。(気に入ったということは口が裂けてもに云うつもりなんて無いけど)今はもう、君がどういう経緯で風紀委員に入ったかは分からないけど、多分君にガツンといわれたのだ、僕は。
「別にいいよ、祭りも無理しなくていいから」
無理しなくていいから、なんて君でなければ僕も云う気が失せる。

君は頭を下げると、バッグを持って覚束無い足取りで部屋を出て行った。君が居なくなった部屋からは、君の匂いが消えていた。











空は暗くなりつつあった。は約束どおりの時間にちゃんと着ていた。やはり顔が赤く火照っている。だけど君はしっかり、セーラー服を着ていた。僕は徴収を早めに終わらせ、切り上げることにした。
だがやっぱり、時間は掛かる。徴収が終わる頃には既に空は暗くなり、屋台の淡い光が浮かび上がっていた。人々の熱気がじわりと汗になって首を伝う。君はやはり熱そうだった。
「君、きついんじゃないの?」

君は一瞬驚いて、
「大丈夫ですよ?というか、雲雀がやばいんじゃないの?」
「何云ってるの、顔がこんなに赤いよ・・・・」
僕は思わず白い肌に手を這わせていた。思っていた以上に熱くて、君の熱がはっきり感じられて、嬉しくもあったし、何故が心配でもあった。


「気持ちいい・・・・」は僕の手を握ったまま動かなくなった。通り行く人々の熱気が君の体温を上げているのだろうか。人々の残像がとても遠かった。

「兎に角、もう君は帰った方がいい」

僕は君を送っていくことにした。君が何か輩に絡まれても、今の君に抵抗する力はきっと無い。それは僕の偏見により決定したことだった。
「いいって、雲雀忙しいでしょ?」
は頑なに拒んだが、最終的には僕が勝つ。君に決定権は無いのだよ。








それから無言の帰途が始った。僕は別段君に喋る理由も無かった。無言でもしっかり、君は僕の手を握って離さなかった
「雲雀、あたし家ここだから・・・ありがとう」
君はやけにしっかりとした口調で僕の手を解放した。僕は君の温度が妙に名残りおしくて、愛おしくて、どうしようもなくて。

「あの・・・それでさ、今日あたしの両親帰ってこないから、良ければ・・・
お茶でも・・・・飲まない?」
突発的な君の考えが僕の心を震わした。






君は無言でリビングの光を灯した。
、大丈夫なの?」
はふんわりと微笑むと、やっぱり覚束無い足取りでお茶を持ってきた。そのような足取りだと非常に心配になった。
「大丈夫、それにあたし一人だと寂しくて死ぬんだよ」
ワオ、君は本当に小動物だね、と僕は小さく呟いた。まあ、君は実際小動物のように可愛らしかった。さっき気付いてしまったのだ。僕は、僕は。


「君は僕のこと怖くないの?」

「雲雀、今頃そんな・・・・怖いとか全然思わないって」
どうして君はそんなに笑顔で、僕に、笑顔で


今僕が君を想う気持ちも、いつかいつか、


君に届くのかな。